目次
金型の材質と熱処理
金型の材質を選択するポイント
冷間鍛造用といて使われている型材は、炭素工具鋼から超硬合金にいたるまで多種多様であり、適切な型材を選ぶ明確な資料が少ないです。
その中で材質を選ぶポイントとしては、以下の3つのことが挙げられます。
圧縮強さ
型材で最も要求される強さは圧縮強さです。
冷間鍛造では、パンチ・ノックアウト・カウンターパンチには通常でも200∼250kg/㎜²。
まれに、後方押出しのように300∼350kg/㎜²という圧縮応力が働き、ダイスにも150∼200kg/㎜²もの高い圧力が作用するので、これらの金型部品には、表面だけではなく内部まで均質な高い圧縮強さが必要になります。
特にパンチやノックアウトでは均質な熱処理が必ず必要で内部組織に硬度のムラがあると、作業時の塑性変形が大きく撓みに対する強度が低くなって圧潰に似た破損が起きます。
一般的に圧縮強さは硬さにほぼ比例すると言われています。
また、使用硬度は靭性を失わない範囲で出来る限り高い値になるように熱処理を行うのが普通です。
摩擦消耗
冷間鍛造では素材は高い加工圧力を受けて、パンチとダイスに接してすべりながら流動する為、型材と素材の間には大きな摩擦力が働き金型の成形部分には高い耐摩擦性が要求されます。
また、素材の変形熱や摩擦熱により金型が加熱されて作業温度が200∼300℃になるときもあるので金型表面の熱軟化が起こらない材質を選ばなければなりません。
耐摩擦の向上には、W・Vを含んだ鋼種が良く、熱軟化に起因する摩耗に耐えるには、V・Coを含んだ鋼種を使用すると良いです。
靭性
冷間鍛造では、後方押出しのパンチと前方押出しのカウンターパンチは成形に際して、ブランクの形状や材質などに起因する曲げが働くので、圧縮強さと共に大きな靭性が要求されます。
一般的に靭性とは、衝撃的な荷重が作用したとき破壊せずに耐えられる粘り強さ(衝撃値)です。
・冷間鍛造では、前述の3つのポイントの圧縮強さ・耐摩耗性・靭性を基にして、さらに焼入性・不変形性・加工性を考慮し、加工の様式・難易度・生産個数・市場性などによって、型材料を選択します。
金型の材質の種類と特性
冷間鍛造用金型材料として、一般的に使用される工具鋼の種類および材質を説明します。
各合金元素の影響
大部分の工具鋼に含まれている合金元素は、Cr・W・V・Moです。
マンガン(Mn) |
Mnは基本的な元素として、様々な鋼に含有しているものです。 Mnは他のSi・A1などと同様に製鋼の過程で脱酸剤として添加されるものであるが、0.5%以上の添加に対しては次のような性質があります。 鋼の靭性を増加される点ではNiと似ており、また質量効果を緩和します。 金型のように容積の大きな鋼塊は、焼入れをしたときに外側だけが硬化して内部まで焼きが入らないものですが、Mnが多いと内部まで均一に焼入硬化する性質があります。 また、熱処理のひずみを少なくする性質があるため、ゲージ鋼にはMnの割合が高いです。 しかし、肌焼鋼の場合は0.5以上Mnが入ると浸炭作用を妨げます。 |
クロム(Cr) |
ほとんどの特殊鋼に含有されており、焼入硬化能の増加・マルテンサイトの安定・500℃程度の高温でも硬度の低下を防ぎます。 また、Cr₄C・Cr₇C₃などの硬い炭化物を作るために耐摩耗性はとても良くなります。 多くの場合熱しても結晶粒が粗大化はしないが、Niと一緒に添加されている場合以外はCrが4%を越えてしまうと鍛造が難しくなり機械加工性も悪化してしまいます。 |
タングステン(W) |
Wを添加すると、Niと同じように焼入硬化能が増加します。 また、焼入れに過敏性がなくなるので焼入温度範囲が比較的広くなります。 WはFe₃W₃Cという硬い複炭化物を作るので、耐摩耗性が良くなります。 マルテンサイトを安定させ、高温での硬度を保つ作用があり、高速度鋼の主成分です。 |
モリブデン(Mo) |
Cr・Wと同属元素で添加による効果はWと同じで、Fe₃Mo₃Cという硬い複炭化物を作るので耐摩耗性が大きくなり、焼入硬化能が大きくなります。 しかし、Mo系の高速度鋼は脱炭しやすいので熱処理には注意が必要になります。 |
バナジウム(V) |
VはW・Moと似ていますが、反応作用はVの方が強く脱酸性があって鋼質を改善します。 また、Vは金属組織を微細化する性質があり高温加熱材料に加えると効果が著しいので、熱間鍛造金型には添加されています。 VはV₄C₃という硬い炭化物を作るので、耐摩耗性が良くなります。 1∼2%の添加で高温硬度は安定化するが、多量に加えれば鍛造性が悪くなります。 |
コバルト(Co) |
産出額が少ないので高価ですが、どのような鋼種においてもCoを添加して有害となるものはありません。 高速度鋼や磁石鋼などでは重要な役目を果たしますが、耐熱性であってW・Cの粘結剤的役目を持っています。 |
ニッケル(Ni) |
一般的に強鍛造性を増すがCrと一緒になると、その効果は更に著しいです。 Niはフェライト中に固溶して結晶粒の粗大化を防ぎ強靭性を増します。 また、大形鋼の焼入硬化層を増やす効果もあります。 Niは防錆性があり、特にH₂SO₄には強いがHCIやHNO₃には弱いです。 |
シリコン(Si) |
Siを1∼4%含む低炭素鋼板は、ケイ素鋼板として電気機械に使用されいていますが、Siを4%以上含むと脆弱で鍛造や圧延ができません。 一般的にSiが多いと加工性が悪くなります。 1%Cの炭素鋼に各合金元素を1%添加したときの各元素の焼入れ性倍数はSi・Mn・Moが大きく、焼入れ性を向上効果が高いです。 次に高いものはCrであり、Ni・V・Wは焼入れ性を向上する効果は期待できません。 特にV・Wは、焼入れ性を改善するよりも逆に減退させる傾向があります。 炭化物を作り、これが焼入れするときのオーステナイトに溶け込む炭素量を減少されるからです。 また、結晶粒を微細化する効果が大きいという理由もあります。 |
炭素工具鋼
比較的に軟質の素材の深絞り・打抜き・据込み・圧印加工などで、成形個数が少ない場合にはSK3・SK4・SK5などの炭素工具鋼が用いられます。
ダイスに用いる場合は、焼入れ性が低いことを利用して非常に硬い表面層を強靭な芯部で裏付けした形の型を簡単に制作することができます。
しかし、焼入れのときに焼き割れが起こりやすく、変形することが多いので複雑な形状の工具や穴・溝・するどい隅角のあるものには使えません。
パンチでは、焼入れ性が低いことにより強靭性が不十分となり、ふくれや折損を生じるおそれがあるためあまり使われません。
低合金工具鋼
低合金工具鋼は、炭素工具鋼では非金属や炭素鋼などの比較的軟質の素材の打抜きや冷間鍛造などで、焼入れ不足・耐摩耗性が不十分で寿命が問題となるときに用いられます。
さらに、炭素工具鋼は焼入れ性が低く、質量効果によって焼入れ硬化が不十分になりやすいです。
また、マルテンサイトやセメンタイトの硬さは、200℃以上に長時間加熱保持されると、比較的簡単に低下します。
このことは、型材として使用回数の増加とともに耐摩耗性が劣化しやすいことを意味します。
そこで、硬さが良く維持されて・耐摩耗性を良く保ち・型の寿命を長くするためにCr・Wを添加し、さらに結晶粒を微細化して強靭性を改善し、耐衝撃応力を増すためにVを少量加えます。
また、炭素工具鋼の焼入れ性を改善するためにCr・Mo・Mnを添加しますCrとMoは炭化物を作るので、同時に耐摩耗性の向上に役立ちます。
Mnは、Ms点を低下することが多いので、焼入れにおいて残留オーステナイトを多く残すため焼入れひずみの軽減に効果があります。
冷間形成に用いられる低合金工具鋼の規格には、SKS2・SKS3・SKS4・SKS41などがありますが、最も多く使われるのがSKS2・SKS3です。
SKS2は油焼入れで簡単に焼きの入る最も市場性のある型材ですが、W含有量が多いので凝結時に巨大炭化物や炭化物の偏斥を生じやすいです。
この鋼はCrを添加して焼入れ性をよくし、Wの添加によって耐摩耗性を増加させたものです。
SKS3はSKS2よりWの量が少ないのでその分耐摩耗性は低下するが、代わりにMnを多くして焼入れ性を良くしたものです。
SKS2は油焼入れで表面硬さはHRC60以上になる丸棒の直径は35㎜以下ですが、SKS3はΦ80㎜の丸棒でも表面硬さHRC60以上になります。
また、SKS2はSKS3よりMn%が少ないので、残留オーステナイトの少なくなり経時変化も少ないです。
C%の低いSKS4・SKS41に薄く浸炭して焼入れ硬化したのち使用することは、耐衝撃応力の良い型を得る方法です。
要するに、これらの低合金工具鋼は型材の大きさ・形状・肉厚により焼入れ性を考えて鋼種を選択し、耐摩耗性については、W%をその目安に考えて、焼入れ性との充分に比較し検討する必要があります。
焼入れ性を第一に考慮すべき大形のものには、W%の低いもの、次にMn%の高いものの順番に考えます。
高合金工具鋼
型材料としての高合金工具鋼は焼入れ性の向上・靭性の改善・耐摩耗性の向上を目的としています。
冷間成形用高合金工具鋼の規格には、SKD1・SKD11・SKD12などがあります。
高Cr高合金工具鋼は5%Cr鋼と12%Cr鋼に大別され、5%Cr鋼としてはSKD12が用いられます。
SKD12は、SKD11よりねばさが低く耐摩耗性はSKS2またはSKS3・SKD11の中間程度になります。
したがって型製作のときの被削性も同じように中間程度になります。
焼入れ性は良く・熱処理歪みも小さく・空気焼入れで良く硬化しますが、焼入れ温度が約970℃と低合金工具鋼より高いので、焼入れ設備を個別の高温度の使用に適したエレマ炉・ソルトバス・流動粒子電気炉などにする必要があります。
このような理由から、型材料として耐摩耗性・熱処理歪みなどの点で低合金工具鋼では不十分な場合、5%Cr合金工具鋼よりも、耐摩耗性やねばさの優れた12%Cr合金工具鋼を使用する傾向が多いです。
しかし12%Cr合金工具鋼は被削性に難点があり、またMn量の高い低合金工具鋼では耐摩耗性が不十分になります。
これらの点を考慮し、また時効変形に対する型の安定性が要求されるような比較的に精度の高い複雑な型の製作には5%Cr合金工具鋼が効果的に活用されます。
しかし、一般的に市場性はあまりありません。12Cr合金工具鋼として型材料に最も多く使われているのは、SKD1とSKD11です。
SKD1はSKD11より最適焼入れ温度が低く、耐摩耗性が優れています。
しかし、焼入れ性はSKD12と同じ程度です。
焼入れ温度が低いから建前としては油焼入れを行う必要があり、SKD11より脆いです。
SKD11は、Moを含んでいるのでSKD1より焼入れ性が優れ、空気焼入れで良く硬化します。
逆にMoを多く含有しているため、普通の電気炉による焼入れ加熱の際に脱炭しやすい欠点があります。
そのため、SKD12と同じように焼入れ設備が必要になります。
SKD11・SKD1・SKS3・SK3の中でSKD11が最も寸法変化が少ないです。
SKD11は、SKD1より耐摩耗性が劣っていますが靭性は優れています。
したがって、冷間鍛造用型材料としてはSKD11を用いることが多いです。
高速度鋼
高速度鋼は、冷間鍛造用型材として最も優秀な性能を持っています。
高速度鋼はW・Mo・Vなどの含有量によって、W系・Mo系・V系に分類されます。
W10%以上含むものをW系、Mo2%以上をMo系、V3%以上をV系と言います。系は高温硬さに優れ、Mo系は靭性に優れ、V系は耐摩耗性に優れています。
冷間鍛造用型材には、主としてMo系高速度鋼が使用されています。
Mo系に比べて耐摩耗性は劣るが、靭性が良くW系よりも焼入れ温度が低く熱処理が簡単であるためです。
高速度鋼の規格には、SKH51・SKH54・SKH55・SKH57などがあります。
高速度鋼の性能を十分に引き出すためには、熱処理方法がとても重要です。
高温度硬さ上げるためには、焼入れ温度を高くし十分に炭化物を固溶させる必要がありますが、一方靭性が低くなるため、複雑な形状の工具衝撃にかかる工具、大きな寸法の工具には若干低めの焼入れ温度を選定します。
焼入れ方法は一般的には油冷ですが、焼割れの起こりやすい工具の場合、熱溶焼入れが推奨されています。
また、細い棒やとても薄い板などは空冷することもあります。
焼戻しは一般的には550∼600℃の範囲で行われ、焼戻し回数は最低2回Coの多い鋼では3回以上行うことが必要になります。
粉末高速度工具鋼
粉末高速度工具鋼は、溶製材の限界を打ち破り超硬とのギャップを埋めるために開発されたものです。
粉末を固めて作るので、溶製材のような素材内の位置、素材寸法などによる性質の差が小さいです。
このことにより、熱処理歪みや寿命のばらつきが小さいなどの特徴があります。
また、耐摩耗性・耐圧性が大きいにもかかわらずかなり大きな靭性を有しています。
金型材料として溶製材を使用すると、どうしてもフローラインを考慮する必要がありました。
しかし、粉末高速度工具鋼の出現により、金型設計者は素材取りを考える必要がなくなりました。
粉末高速度工具鋼の主な特徴 |
一次炭化物が細かく(通常2∼5μ)均一に分散し偏斥が少ないです。 高硬度領域での靭性が優れいます。 C・Vなどの炭化物生成元素の増加が可能なため、耐摩耗性・強度の向上がはかられます。 熱処理歪みの方向異方性少ないです。 同一成分の溶製材対比削性が良いです。 |
その他(補強リング用の素材)
ダイまたはパンチを締まりばめ構造で補強するとき、補強リングは作業圧力をその弾性限界以内の応力で耐えなければなりません。
このため補強リングに用いる材料はできるだけ高い弾性限界を得られるものであることが必要ですが、破壊の危険を避けるためには使用応力と抗張力との間に大きな差があることが必要です。
すなわち高い降伏点と強靭性が求められます。
焼ばめによる補強は通常300∼400℃で行うので、焼ばめ温度に加熱しても軟化しないこと、つまり焼ばめの温度よりも高い温度で焼もどしできる材料でなければなりません。
以上のことから、補強リング用材料は強靭鋼(SCM・SNC・SNCM系)・熱間工具鋼(SKD・SKT系)のうちから選び、HRC40∼50に調質して使用します。
締代が0.3%以下のときはSCM435・SNC631などの強靭鋼、0.3∼0.5%のときはSNCM240・SNCM439のような高級ば強靭鋼、0.5∼0.8のときはSKD6・SKD61などの合金工具鋼を用います。
金型の熱処理
型材として使われる各種工具鋼の熱処理条件に従って実際の熱処理操作を行うときの要点は次のようになります。
焼入れ
焼入れ温度までの加熱昇温速度は一般的に200℃/hが基準となります。
型の変形や脱炭などを防止するためには、予熱を行い昇温時間を短縮することが必要になります。
予熱温度に保持する時間は、型の大きさや寸法によって異なりますが、一般的に5∼10分です。
焼入れ温度に保持する時間は、予熱が適切に行われていれば炭素工具鋼で5∼10分、低合金工具鋼では5∼20分、高合金工具鋼で10∼20分です。
高速度鋼は焼入れ温度が1220℃付近になるので、約850℃で十分に予熱を行い、焼入れ温度に保持する時間は、2∼5分になります。
焼入れ温度に保持する時間は、焼なまし組織の炭化物の粒状化の程度により炭化物がオーステナイトへ溶け込むのに必要な時間によって影響されます。
つまり、焼なまし組織の炭化物が細かい粒状のとき、最も簡単にオーステナイトに溶け込み、粗大なときは溶け込みにくいのでその影響を考えなければいけません。
焼入れ温度からの冷却の途中に、空冷では型の表面にスケールが付着します。
したがって歪みの発生を特に防止する場合のほかは油冷の方が良いです。
油の温度は60∼80℃を基準とします。水冷の場合は20∼30℃の水温にします。
炭素工具鋼で特に急冷を必要とするときは、10%食塩水を使います。
不純物が多く結晶粒度の粗大なときは焼割れを発生しやすいです。
マルテンパ
型を焼入れするとき、歪みの発生や焼割れを防ぎ、しかも一方では適当な焼入れ組織が得られるように、マルテンサイト変態の始まるMs点の直上かまたそれよりやや高い温度に保持した塩浴または特殊な焼入れ油の中に焼入れして、型の断面が一様にその温度になるまで浴の中に保持した後、空冷してマルテンサイトに変態させる方法がマルテンパです。(マルクエンチまたは熱浴焼入れともいう)
5%Crまたは12%Cr高合金工具鋼などをマルテンパする場合は残留オーステナイトが多くなるので、塩浴や焼入れ油の温度を低くして冷却速度を速くしたほうが良いです。
しかしその場合、熱浴の温度がMs点より低くなりオーステナイトが一部分マルテンサイトに変態した状態で熱浴の中に保持されることになります。
そしてマルテンサイトがこの温度で焼戻されて、遷移炭化物が柝出するが、焼入れ硬さにあまり影響しません。
焼入れする塩浴の温度を約400℃にしておき、塩浴の中に焼入れして短時間後に引き上げて空気中に法令するか、あるいは温室の焼入れ油に投入して焼入れ硬化させても焼割れや歪みを防止することができます。
これを階段焼入れとも言います。
普通の60∼80℃の焼入れ油に焼入れし、鋼の表面が約400℃に低下した頃に、焼入れ油から引き上げて空気中で冷却して焼入れ硬化させる方法も同じ効果を期待したもので、引き上げ焼入れまたは時間焼入れと言います。
焼入れした型はどのような方法の場合にも、型の表面温度が約50℃に冷却した後にただちに焼戻しを行い室温に放置してはなりません。
サブゼロ処理
鋼を焼入れした後、室温以下の低温度に冷却して残留オーステナイトをマルテンサイトに変態させる操作をサブゼロ処理と言います。
残留オーステナイトが減少するので、硬さが増加して時効変形や経年変形が減少します。
高速度鋼では焼入れした後にサブゼロ処理を行えば焼入れ硬さは高くなりますが、それに伴い残留オーステナイトが減少するので、焼戻し後の2次硬化による硬さの増加は少なくなります。
サブゼロ処理は、ドライアイス・液体窒素・アンモニア・フレオンによる冷却槽の中で₋80℃付近に冷却して行います。
肉厚寸法の大きい型では、焼入れした後に残っている残留オーステナイトは、マルテンサイト変態の起きる温度付近が特に除却された肉厚の中心部で多くなっているので、そのままサブゼロ処理すると中心部でマルテンサイト変態が多く進行し、型の表面層に大きな引張応力を生じて焼割れと同じ現象が現れます。
このような場合は、焼入れ後常温にしばらく放置するかあるいはあらかじめ約200℃で焼戻してオーステナイトがサブゼロ処理で急速にマルテンサイトに変態しないように安定化すると良いです。
サブゼロ処理を行った型はマルテンサイト組織になるので、その後に必ず焼戻しを行います。
焼戻し
鋼を焼入れすると、マルテンサイト組織になります。
マルテンサイトはフェライトに炭素が過飽和した状態で溶け込んでいて、結晶の原子配列が歪んでいて転位密度が高いので硬くて脆いです。
そこで、Ac₁変態点よりも低い温度にこれを加熱して、過飽和の炭素をフェライトから炭化物の形にして柝出させれば、フェライトは正常の原子配列に戻ってねばさが回復し軟化します。
炭素工具鋼・低合金工具鋼・高合金工具鋼では焼戻し温度を150∼200℃に選んで、サルテンサイトから遷移炭化物Fe₂.₄Cを柝出させます。
こうして硬さや強さは焼入れ状態とはあまり変わらないですが、ねばさがかなり回復した状態で使用します。
高速度鋼では焼戻しよって、マルテンサイトからFe₃Cが柝出して、いったん軟化した後にMo₂CあるいはW₂Cなどの遷移炭化物が柝出します。
この柝出の過程で軟化を生じるが、一方では残留オーステナイトから炭化物が柝出して安定性を失い、焼戻し温度から冷却する途中にMs点でマルテンサイトに変態するための硬化もあります。
このような2次硬化による焼戻し硬化を狙い、高速度鋼では550∼600℃で焼戻しを行います。
ただし1回の焼戻しでは残留オーステナイトが変態したマルテンサイトは焼戻しされないことになるので、繰り返し焼戻してマルテンサイトを十分に焼戻した状態で使用します。
2次硬化が最も著しく現れる温度で焼戻しを行った状態では、硬さは高いですが著しく脆くなります。
したがってこれよりも20∼50℃高い温度、つまり570~600℃で十分に型を繰り返し焼戻しを行い、ねばさを回復させ硬さもわずかに低くなった状態で使用するほうが良いです。
高速度鋼を冷間鍛造のダイとして使用する場合などで、特にねばさの大きな状態を必要とするときは焼入れ温度を1150℃付近まで低くし、遊離しているM₆Cのオーステナイトへ溶け込む量が少ないような焼入れを行います。
このようにマルテンサイトに含まれる炭素量を少なくした状態とし、約200℃で焼戻しを行うと硬さはHRC58付近でやや低いがマルテンサイトのねばさが高いので、強靭なダイを製作することができます。
その他(金型の表面処理)
金型材料にとっては、耐摩耗性・耐焼付き性・靭性・加工性・コストなどの諸特性を高い水準で両立させることはとても難しいことです。
このような特性を両立させる難しさを解決する1つの方法がCVD-TiCコーティング・VCコーティング(TDプロセス)などの表面処理です。
表面処理によってできる化合物は、高硬度・高融点かつ鉄鋼材料との親和性が弱いという特質を持ちます。
これらの化合物は、2∼10μ程度の薄い膜で被加材と金型の間で潤滑膜の役割を果たします。
以下に冷間鍛造に使用できる表面処理を説明します。
VCコーティング |
TDプロセスの中核をなす溶融塩浸潰法による表面硬化処理技術です。 硼砂浴中に添加されたFeVが金型表面で母材のCと反応してVCを形成します。 約1000℃で10時間浸潰して10μm内外の層が得られ、簡便なコーティング法として広く使われています。 VCが金型と金属結合すると密着力が強くなるので、耐摩耗性・耐焼付き性を著しく向上させます。 コーティング後焼入れ硬化するので、歪みの少ない工具鋼の選択・事前熱処理の検討などを慎重に実施すると金型の寿命はとても伸び、補修工数の低減・潤滑油使用量の削減・製品精度の維持向上の役に立ち、総合的にコストの削減ができます。 |
CVD-TiCコーティング |
化学的蒸気柝出法(略してCVD)によるコーティング法で、TiCl₄・H₂・CH₄などのガスを原料とし、約1000℃で約10μmのTiCを2∼3時間で表面に形成します。 TiCは超硬度でかつ鋼との親和性に乏しいので、苛酷な塑性過去でも金型の損傷を防止することができます。 蒸着後再焼入れするので、歪みの取り扱いには特に注意する必要があります。 |
PVD-TiNコーティング |
CVDに対するPVD(物理的蒸気柝出法)には様々なプロセスが考案されていますが、日本では、HCD法によるイオンプレーティングが主流です。 PVDではTiCはバラツク(鋼中のCが災する)のでTiNが利用されます。 HV1800で硬く硬く、耐摩耗性・耐熱性も高いです。 適用に際して注意することは、皮膜が一般的に1∼2μmと薄く、また密着力も前述の炭化物より弱いので、しごきを伴う加工は避けるべきで比較的面圧の低い(50kg/㎜²位まで)分野に限った方が良い結果を得られます。 コーティング温度が500℃以下で歪みには特に有利です。 板厚3㎜位までのファインブランキング型やAl・Cu合金のプレス金型には良い成績が得られます。 |